GITAKU 技拓株式會社 白鳥ゆり子
家とともに育んできた湘南らしいライフ&ワークスタイル
湘南らしい家づくりを提唱し続けてきた父から家業を継ぎ、若き社長となった白鳥さん。
ご両親や妹さんと過ごす片瀬山の家は、かつて社屋兼モデルハウスとして使われていた
建物です。雨風に洗われて、美しさをいっそう増した外壁を持つその家は、受け継がれる
家族と企業の歴史を物語っています。
プロフィール
白鳥ゆり子(しらとり・ゆりこ)
1970年8月12日生まれ。技拓株式会社の創業者である父と、ジャズシンガーである母
との間に生まれた三姉妹の真ん中。本格的に事業を引き継ぎ、「技拓」の新しい歴史を
つくっていく一歩を踏み出した。
※バイザシー取材記事より
「家業に関わったのはもっと以前からですが、正式に職人さんにもご挨拶し、技拓株式会社社長の任に
就かせていただきました。」
華奢なからだに柔らかな笑顔、おっとりとした話しぶりの白鳥さんの口から出ると、ごくなんでもないことの
ように聞こえますが、それは大きな間違い。技拓といえば、1974年の創業以来、一貫して湘南にこだわった住宅建築を続けてきた企業。
「時を経てさらに趣のある家づくり」をテーマに掲げ、妥協のない骨太の社風でも知られた存在です。
ツワモノ揃いの職人さんらの先頭に立ち、老舗ブランドを守って会社を率いているのが、
たおやかな女性と知ると、それだけでうれしくなります。
「創業者である父の精神を受け継ぎ、つちかってきた伝統を大切に守りながら、私らしさもどこかに
出していければと思っています。たとえばそれは“心地いい住まい方”の提案だったりするのかもしれませんが」。
そんな白鳥さんが育ったのは、お父上が建てた鵠沼の家。
「暖炉があって、クリスマスには大きなツリーのそばにプレゼントが積まれていたり、おおぜい人を招いて
ホームパーティを開いたり。
そういった開放的で湘南らしい文化を、自然に吸収しながら育ってきたんでしょうね」。
現在、白鳥さんがご両親、妹さん、ミニチュアダックスフントのポー(8歳)と過ごしているのは、
28年前に建てられ、長らく技拓の事務所として使用されてきた建物。一時期はモデルハウスとして使われていたほど、技拓のコンセプトが凝縮された作品です。
「仕事場として馴染みはあったのですが、2年半前に家族が住み始めて以来、あらためてこの家の良さを実感しています。まず何よりも、明るくて空気が気持ちいいこと、かな」。
たしかに、取材日はしとしと雨が降っていたのにもかかわらず、リビングルーム全体がすっきりと明るいのは、大きな天窓のおかげでしょう。真っ白に抜けた壁面が、差し込む光を上手にやわらげ拡散しています。
急勾配の無垢板天井も、部屋全体を暗すぎず明るすぎない状態に保つための絶妙なバランスを形作っているようです。
白鳥さんのお気に入りの場所は、リビングルームの片隅に設けられた「和のスペース」。時代物の和箪笥がセンス良くなじむ一角で、ソファに座ってお気に入りの写真集を眺めたり、妹さんとおしゃべりをしたり、という時間が一番リラックスするのだとか。「子供の頃からずっと、自分の部屋よりもリビングで過ごすことが多かったので、今でも自然と家族全員が集まって、思い思いにくつろいでいます」。
外壁や内装に無垢材を多用する技拓住宅のテーマは、「経年変化が趣となる家」。
もうすぐ築30年が経とうとしているこの家の外壁は、太陽と風雪に洗われた米杉が、
なんともいえない輝きを放っています。
2×4工法とドライウォール工法を取り入れた設計ならではの広々とした間取りは、住まい方や
家族構成の変化にも、そのつど十分に対応してくれたのだとか。
そして、技拓が提唱する「湘南の気候風土を取り入れた家」というもうひとつの特徴も持つ
この家では、開け放した窓から自然の風が通り抜け、テラスを覆う落葉樹が、夏には涼しい木陰を
つくってくれます。
「必ずしも家の中から海が見えなくてもいい。暮らしのすぐそばに海を感じることのできる生活環境
というのが、私と家族には必要なんですね。
そういうライフスタイルも含めて、長い年月、愛着を持って住んでいただける家を提案していきたい
と思います」。
休みの日には手づくりの石鹸や化粧品をつくったり、味噌や梅酒の仕込みに打ち込んだりと、
生き方そのものが「湘南」の良さを体現しているかのような白鳥さん、近頃は会社でも大きな蓋の
ついた羽釜でご飯を炊き、社員揃って昼食の卓を囲むのだとか。
そんな白鳥さんの「暮らし上手」のエッセンスが、
これからの技拓の歴史をつくっていくことでしょう。