湘南の家と暮らしとアイデアと

衣食住+遊のすすめ

2017.03.25

技拓に行って話を聞いてみよう

技拓に行って話を聞いてみよう

 

奥様の仕事上の先輩から「家を建てるなら技拓にいってみたら?」

と言われたそうで、ご主人と一緒にお越しくださいました。

平成26年の夏6月。

まだ土地も決まっておらず、まずは話を!で足を運んでくださいました。

 

決めていたことは「鵠沼に住む」という事。その条件下で、いくつかの土地候補が上がってきました。

「この場所は、どうだろうか?」と契約の意志を固める前に、技拓は建築をする立場で土地を見に行きました。

土地の価格と、建物の予算。出来上がった商品を買うわけではないので、なかなか難しいところです。しかし、ご夫妻共に自身のお仕事が「造り出す」という事をされているので、私達の立場もよく分かってくださいました。

何度かの検討の末、ようやっと半年後に今の土地を探してこられました。古屋の建つ少しうっそうとした敷地。決める時はこの状態で決断をしなくてはいけません。この状態から新築を想像する。敷地は「無」になり、ゼロから作り出す想像。初めての家造りには難しい決断でしたでしょう。住環境、日当たり、道路の状態が判断材料。



「あとは設計に任せよう。きっといい家を造ってくれる、はず」と…。技拓は責任重大です。

 

ヒアリングをし、最初のプレゼンテーションは昨年の2月。この家は、お母様と若夫婦の住む家。将来子供が増えるかも。具体的な事はそのくらい。あとは、

どう家で過ごしたいか?「気持ちよく過ごせれば」

玄関の向きだけが懸案事項で向きを変えたくらいで、あとはほぼファーストプレゼンのまま。仕事上で何時も逆の立場なご夫妻。伝え方も、プランの受け入れ方もとてもクールでした。

 

一回目の見積提出の時は、案の定、予算オーバーをし、金額を調整していきました。質を落とすのではなく、考え方を変える。諦められることは諦める。この作業は、100%のお客様が通る節目。この時は何時もに増して真剣な打合せでした。

その後、全てが決まり家造りのスタートを切り、詳細の決め事の打合せは現場であったり事務所であったり。空間の担当はそれぞれ決まっていて、外構はご主人。キッチンは奥様。







 





それ以外は、ご夫妻でアクセサリーや見えてくる器具決めのみ。ご主人が事あるごとにおっしゃっていました。「日本企業が潤うように」と。ほとんどが日本メーカーの品々です。



でも食洗機は沢山洗えるドイツのAEG。



予算を抑えるためにデッキやフェンスは、ご主人のご実家のお父様が応援に。常日頃DIYがお好きで、積極的に参加してくださいました。

ご主人の故郷のお話しは、とても楽しく聞かせていただきました。そして数年前までイタリアに居られたご夫妻は、イタリア人の不思議さを、面白おかしくお話ししてくださいました。その中でとても印象的だったのは、「イタリア人は今も真剣に真面目にダビンチのような天才が、イタリアから出てくると思っている。でも自分は絶対にならない」という話し。楽しい打合せは終わりました。今は、家を育て楽しんでいらっしゃると思います。

愛媛の話は、また伺いたいです。

2017.02.5

技拓が気になる

技拓が気になる

 

土地探し中、不動産屋さんから技拓っぽい家を建てる工務店を、幾つか紹介されたそうです。話を聞いているうちに、

「であれば、一度、本家の技拓に行ってみよう」

となり、来社してくださいました。

雑誌やカタログから伝わってくるイメージから連想すると、

「おしゃれに作っているから、ハウスメーカーのような機能は無いかもね。屋内外に木を多用して、野暮ったくなく作ってくれるから、大きな期待はしないでいよう」と…そしてご夫婦で来社してくださいました。

熱心に技拓の話を聞くお客様。流行やおしゃれ感で素材を選んでいないことを、ご理解いただきました。それでも、冬暖かく、夏涼しい家という話は、半信半疑だったそうです。引っ越して住むまで。

夏に入る少し前にご入居。去年の夏も猛暑が続く中、

「暑くないんです。何かしました?(笑)」

とお話しくださいました。もちろん、暑さ、寒さの体感は人それぞれです。一概に全ての人に当てはまとは言えません。でも、

西日の侵入を極端に減らした事も、よかったのだと思います。

家具メーカーの「TRUCK」が好きで、すでに幾つか家具をお持ちです。また、今回オーダーした「Atelier key-men」のタオルバーやアクセサリー類。その家具や小物が生える様に、室内はあまり派手で極端な事をしない、を提案していきました。







奥様が料理好きなので、キッチンの長さは、3m50㎝。漆器や食洗機不可の食器をお持ちで、食洗機は付けず。その代りシンクは広く巾1m。ステンレス一体のシンクなので、隙間の掃除は気にすることはありません。このサイズのカウンター、現場納品はそれはそれは、大変だったようです。監督さん、職人さんありがとうございます。収納は、冷蔵庫も隠してしまうほどの長く奥行きゆったりの収納。こちらは3m60㎝の収納力。



楽しく料理をされ、ご主人も食事の度に弾む会話が想像できます。ウェルカムパーティーにお誘いいただき、その腕前を披露していただき、家を造ってきた冥利に尽きます。



敷地裏は、ご主人の遊びのスペース。北側ですが、巾があるため陽も当たります。完全にプライベートな空間。本当なら室内に設けたかった部分なのですが、ここはここでとても快適だと思います。椅子を置いて、海仲間と語らうも良しと思います。



ご近所さんなので、また遊びに行かせてください。今度は、奥様の焼きたてパンが食べたいデス。

2016.12.18
お知らせ

節水型便器の注意点

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昨今、設備器具は省エネ設計となり、便器も各社水の量を少ないタイプが大部分になってきました。
流す水の量、10年ほど前は1回に8~6リットルを使用することが一般的でしたが、今やエコモードは3リットルで流せる商品もあります。節水を意識をして、なるべくこの「エコボタン」を押したくなるのでしょうけれど、ちょっと注意です。TOTOのネオレストの取扱説明書には、「汚物やトイレットペーパーを流すときには使用しないでください。」と書かれてあります。「男子小用時やお手入れなど、トイレットペーパーを流さないとき」とあります。また「大」「小」のボタンの説明に「小」は「小用時やトイレットペーパー(シングル3mまで)を流すとき」。「大」は「汚物やトイレットペーパー(シングル10mまで)を流すとき」とあります。ダブルのトイレットペーパーをお使いの方は、その半分の量となります。この量を超えるような使用方法は、配管の詰りの原因になります。又、お子様のいらっしゃるお家の方は、お子様に十分に指導をお願いいたします。いままでのような使い方を改める必要があります。

又、海外のトイレットペーパーは紙が厚く水に溶けにくい為、流れにくくなり、これまた詰りの原因になります。安く大量に手に入りますが、節水型便器をご使用の方は、使用をやめましょう。

見えない配管の中でトイレットペーパーや汚物が詰まりはじめると、動脈硬化のような状態になり、事は大変な事になってしまいます。日中であれば、なんとか対応が出来る事がありますが、夜間に配管がつまり始め、トイレが使えないとなるとそれは、一大事です。

※参考 TOTOネオレストの取扱説明書の一部抜粋 ↓

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2016.12.17
新湘南生活

湘南の歴史に触れる 片瀬編

日々の業務に勤しんでいたら、もう師走も半ば!
今年もあと半月で終わってしまうなんて、信じられませんね。
さて、湘南の歴史のことを書いてから、あっという間に1ヶ月が経ってしまいました。

先月は、湘南の別荘文化に触れてみました。
技拓として、再注目をしていただきたい「片瀬山」「西鎌倉」を
ご案内するに当たり、その周辺地域の歴史を紐解いていますが、
年内中に、片瀬には触れておきたいと思い、調べてみました。

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片瀬と言えば、みなさんが思い浮かぶのは小田急の片瀬江ノ島駅でしょうか?
片瀬海岸、江ノ島、江ノ島水族館。最近ではパンケーキで有名なお店などもあり、
ここ数年人気が高まっている観光名所ですね。

我々技拓のスタッフも、毎年初詣は江島神社。
新年会は、丸だい仙水さんとお決まりコース
で、ながーーーいお付き合い。
江ノ島は、江戸時代から観光名所として人気があった場所でした。
私自身も、片瀬は馴染みの深い場所です。
私が片瀬と言われてぱっと思いつくのは、白百合と片瀬教会と山本公園。
江ノ電の江ノ島駅を降りて、海に向かうすばな通りはたくさんの方々が
ご存知と思います。
そのメイン通りから右に少しそれた道を通って川沿いに向かうと、
地元では一番美味しいと言われている濱野水産の釜揚げシラスの
香りがぷ~んと漂う場所が、私の通学路でした。
濱野水産を通り過ぎると、左手に山本橋が出てきて渡ったところに
片瀬教会が出てくる。教会よりもう少し右側にいくと山本公園。
テニスコートもあって、どこか優雅な雰囲気のある地域で、
この場所に8年間通い続けました。
そして技拓でも、第38回神奈川建築コンクールで奨励賞受賞した
公園に隣接する「リバーサイドテラス山本」を建てさせて
頂きました。

なぜ、山本公園や山本橋なのだろう?と思われた方もあると思いますが、
このあたり一帯は、もともと江戸時代からの名主であり、明治時代に
鎌倉郡の郡長として、片瀬村の発展に貢献された山本家の敷地だったからです。
そして片瀬教会と湘南白百合を語るには、山本家に触れずには語れないのです。
幕末から明治にかけて山本家の当主であった山本庄太郎氏には、
三人の息子さんがいました。

片瀬地区の宅地造成や江ノ電の敷設に貢献された、百太郎さん。
暁星学園に通いフランス語、英語をマスターした後軍人を経て原首相の元
国際的に活躍し、カトリックに深い信仰心を持ち、片瀬カトリック教会の
設立に尽力されてた、信次郎さん。
大正時代に、自宅にカトリックの仮聖堂を設け、それが後のカトリック片瀬教会へと発展していくのです。
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そして桂太郎首相の秘書として尽力された、三郎さん。

当時、片瀬など海岸地帯の多くは、「死の病」と言われた結核の療養に
使われていましたが、百太郎さんは健康な都市生活者の別荘地として、
利用してもらおうと考えた先駆者でした。
そのためには、生活基盤のしっかりした宅地開発が必要と考え、
江ノ電の敷設、山本橋を架橋、砂丘上の防砂林の植樹や
別荘開発のインフラ整備をされたそうです。

片瀬乃木幼稚園、小学校、高等女学校(今の湘南白百合学園)の開設にも
山本家は深く携わり、逗子から二宮までの別荘定住者子弟の受け皿と
なっていったのです。財界政界学界、文化人などの著名人子弟たちに加え、
外交官の子弟が多かった湘南の別荘地定住者は、国際的な感覚をもつ
湘南文化の発生に、大きな影響を与えていきました。
戦後には、大臣、次官、大使クラスの外交官一族が多く定住し、
旧財閥、旧華族の名前もごく普通にあったというのが、
この湘南という地なんだそうです。

こんなことを調べていたら、なぜこの湘南文化が生まれたのか
容易に想像がつきました。
まさに、別荘地であったからこそなんですね。
調べてみて、本当に楽しかったし、自分の中の疑問も明らかに。
やっぱり自分の住んでいる地域の歴史を知る、文化を知るって
とても楽しいものです。

年が明けたら、さっそく「新湘南生活」として改めてご提案したい
片瀬山について、触れていきたいと思います。

2016.12.2

海が好き

ご夫婦共に、サーフィンが好き海が好き。譲れない事は、海の近くに住むという事。

平塚の海の近くに土地を購入されました。鎌倉、藤沢、茅ヶ崎はサーフィンの人気エリア。おしゃれなお店が建ち並んでいます。でも、海が第一優先。限られた予算をどう配分するか?子育てする上で、ある程度の広さの土地と、仕事に行くための利便性。そして何より海に近いことを条件に選んでいったら、平塚になったそうです。

土地は、50坪、建物の延床はロフトを入れると39坪。明るく、風通しも良い。土地はフラット。サーフィン仲間が来たら楽しむ1,2階のデッキもある。気の向くまま海にも歩いて行ける。仲間のサーフボードも置いてあげられる程のスペースもある。ここを拠点にサーフィンの輪が広がりそうです。サーフィンだけじゃなく、子供達の磯遊び、近所の魚屋さん、食堂…自然体で過ごせそうな、そんなご家族です。

お子様3人と一緒に、台所に立ち料理をすることも視野に入れ、キッチンと繋がる作業カウンターがあります。海をイメージするようなタイルを貼りたいと、選ばれたタイル。

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玄関の土間は、珊瑚をイメージしたライムストンの玉石。

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今は1つの空間になっているお子様の部屋は、広い廊下と予定の部屋に引戸が設けられています。いつもは開け放たれています。廊下までがお子様のスペースのような広がりがあり、その廊下の先にはデッキに繋がる。リビングが子供スペースにならず、ここで十分楽しく過ごせそうな1階。 一つ一つの部屋の単位が大きくユトリを感じます。

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2階に上がる階段もゆったりと開放的なので、ここに腰掛け子供達は遊んだり、内緒話をしたり。階段は1,2階を結ぶ道具でなくプラスアルファーの空間として活かされています。

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お引越しを終えて8ヶ月が経ち、仲間と作った手作りデッキも出来たと連絡もありました。

近々遊びにいってこようと思います。

2016.11.6
新湘南生活

湘南の別荘文化を紐解く

いろいろな方々とお話をしているうちに、湘南の移り変わりについて
もっと掘り下げて知りたいという気持ちが湧いて、
ここしばらく調べていました。
湘南の歴史の話をすると、とても喜んで聞いてくださる方も多く、
これはちょっと、こちらのページで書いてみても面白いのではと、
思っています。

そもそも、なぜ歴史を調べたかというと、
湘南への移住にあたって、こんなことを加味してほしいなぁとか、
こんな場所が湘南らしいとか、土地の持つ雰囲気や暮らしに必要なインフラのことなど
総合的にご説明するにあたり、まずその土地の歴史を知ることで
より身近に感じられるのではないかと思ったからです。

そして技拓が今、再注目していただきたい地域の一つに「片瀬山」と「西鎌倉」
があるんですね。
鎌倉駅周辺のいわゆる「旧鎌」や七里ヶ浜は絶大な人気を誇り、
もちろんお勧めの土地でもあるのですが、再注目という意味では、是非とも
気にかけていただきたい地域です。
技拓はあえて、「新湘南生活」としておすすめしたいと思っています。

では、それはなぜかという理由をその土地の歴史も踏まえながら、
連載でお伝えします。

まず今日は、湘南の別荘文化についてお話しします。

もともと湘南という土地は、漁村と農村で形成された土地に
明治20年代の鉄道(東海道線・横須賀線)の開通により、
風光明媚な景観や温暖な気候に海水浴場や
サナトリウムの開設等を背景に別荘地として発展していきました。

主に、皇室や宮家をはじめ、政財界人、文化人などが別荘をもったことから
始まります。
湘南発祥の地は大磯と言われ、大磯、藤沢市鵠沼、鎌倉、逗子、葉山
が主に別荘地域として形成されていきました。
大磯は、すでに宿場町として街道沿いに栄えていた場所であり、
明治18年に日本初の海水浴場の設置が始まった地でもあります。
逗子は、明治20年代初頭に、逗子海岸が海水浴の適地と言われ
横須賀線も開設されたことで、別荘地として発展をしていきます。
鵠沼では、明治19年に海水浴場の開設、明治20年に東海道線
藤沢停車所の設置、明治35年の藤沢・江の島間の江ノ電の開通などを
契機に別荘地として発展していきます。

私は鵠沼育ちなので、子どもの頃を思い出すと、
まだ今よりは大きなお屋敷が周りに多かった方だと思います。
明治時代には、1区画1000坪以上のものが多く、中には14600坪を所有していた方も
いたりして、大規模な別荘建築やその庭園が点在した景観は、
さぞや優雅な街並みだったことでしょう。
今やそのような残影はほとんど見ることがなく、
鵠沼にかつてのお屋敷通りの名残がほんのわずか。
大磯がまだかろうじて、別荘文化の名残があるかというところでしょうか。
逗子市新宿あたりは、門構えくらいしか見ることができません。

自分の育った鵠沼を中心にしたお話になってしまいますが、
もともと御用邸の候補地として挙げられていたのが、鵠沼。
鵠沼は明治22年頃、御用邸に誘致しようとし、鵠沼海岸に20万余坪所有していた
大給子爵(大分県大分市の府内城元城主)らは、
名士や財閥にも鵠沼の土地を買うように勧め、
鵠沼別荘地全体の水準を上げる試みをしたのですが、
土方伯爵の推奨により明治27年に葉山に決まったんだそうです。

明治35年に江ノ電が開通すると、一気に別荘所有者は広がりを見せ、
元地主によって段階的に分譲されていたったと聞いています。
大正になると、別荘から住宅地へと宅地化が進み、海軍将官や横浜の富裕層
東京大学教授、企業の役員クラスなどが多く移り住んできます。
その頃の住宅地の規模は、500坪から1000坪が平均的。
私の祖父が購入したのは、昭和6年ころですが、
まだまだ相州藤沢市藤ヶ谷という住所だったそうです。
相州なんてついていたんですね。

敗戦直後は、アメリカ軍に接収されたお屋敷に、
将校クラスのアメリカ兵家族が移り住み、
時折行われるガーデンパーティーや、将校家族主催のバザーなどで
暮らしを目の当たりにした子どもたちは、
生活文化の違いに衝撃を受け、
アメリカ文化への憧れに、早くも触れてきた地域だったのです。
のちに接収が解除となり、父ら世代が高校時代になると
バンドを結成したり、サーフィンをやったり、いわゆる太陽族が
生まれてくるのです。

余談ですが、辻堂の浜見山周辺も昭和34年まで接収され、
一部アメリカ軍の演習地として使用されていました。
その規模なんと105万平方メートル。
今のおでんセンターの辺りに、写真にあるような
「DENGER DEAD END」の看板が立っていたそうですよ。
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それは、きっと逗子でも鎌倉でも同じような状況だったのでしょう。
もともと大規模な別荘を所有していた、旧華族皇族、政財界人などなどの
別荘文化から徐々に住宅地として分割された宅地は、東京市内の富裕層らに供給され
高水準の住環境を確保した郊外型住宅地として発展していきました。

たとえば、湘南白百合学園や湘南学園は、まさにそれら移り住んだ購入者の
ご子息・ご子女のための学校として設立されました。
それについては、片瀬村の名主も絡めて片瀬の歴史で触れてみたいと思いますが、
湘南と呼ばれた地は、こうした背景の中ではぐくまれた一部の文化があり、
その名残は昭和60年代まで街並みに残されたものの、徐々に細分化されて
今に至るのです。

湘南の別荘文化から徐々に郊外型住宅地へと、移り変わっていく
簡単な経緯ですが、今ではご存じない方も多くなっています。
その土地の歴史ゆえの雰囲気というものが、どの地域にもあるものです。
歴史を紐解くのは、本当に面白いですね。

では、次回は片瀬について触れてみたいと思います。


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2016.10.25
お知らせ

GABBEHが大特価?!

すっかりこちらのブログの更新がご無沙汰になってしまいました。
ご存知の通り、技拓のサテライトサイトとして「SUMIBITO」という新しい
サイトを立ち上げ、そちらにかかりきりになっておりました。
こちらも少しずつ、コンテンツが増えてきていますので、
時折覗いていただけると嬉しいです。

さて、今日はいつもイベントでお世話になっている
ペルシャ絨毯のお店「シャーロム」さんより
ギャッペの大特価キャンペーンのお知らせをいただきましたので、
こちらでもご紹介します。
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GABBEH FAIR 10/27(木)-10/31(月) 

様々なデザインのギャッペ(インド)を取り揃えたそうです。
なんと期間中50%OFF!とはびっくり。
今年、自由が丘よりこちら鎌倉の常盤にお店を移転し、
広い店内にギッシリと絨毯が揃っています。
是非、ご興味のある方足をお運びくださいね。

私はいろいろな絨毯やラグを見ておりますが、とにかく織物は出会いです。
いろいろなデザインや風合いをみて、直感で「素敵!」と思ったら、
それが出会いかもしれませんよ。

織物1枚あるかないかで、お部屋全体の雰囲気ががらりと変わります。
インテリアを愉しむには、必須アイテムですね。
色々なモノに触れて、是非素敵な敷物を見つけてみてください。
以前、スミビトのコンテンツ「お山生活」で書いたコラムです。
もしよかったら、こちらもご覧くださいね。

2016.08.23

台風9号

台風9号

 

関東、東北、北海道と被害をもたらした台風でした。

エリアメールが、頻繁に届き、怖い思いで過ごされた方もいらっしゃるのではと思います。

 

台風は、いつもの雨・風と違って、渦巻く風と一緒に大量の雨がくっついてきます。

「雨が下から降る」と言っても間違えではない程です。

 

さて、

台風が去っても、次の台風が来るかもしれないので、家の周りを点検してください。

屋根材の浮き

手摺のグラツキ

雨樋の排水不良

外壁のメクレ

敷地の陥没

 

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そして、植物はなるべく早めに葉を洗うように水をかけてあげてください。塩焼けしてしまい、チリチリになってしまいます。

窓ガラスも塩水を含んだ雨水が付着していますから、水をかけて洗い流しましょう。外に付いている網戸も一緒に洗ってあげてくださいね。塩が結晶になってしまう前に。

スチールなどの手摺も塩が付いていますと、錆が早まります。水洗いをしてあげてください。とくに、取り付いている根元や角など水が溜まりやすいところは、よくよく洗い流しましょう。

これから台風シーズン。毎回毎回大変ですが、家を大事にするための、ひとつです。

2016.07.25
ライフスタイル

メンテナンス

関東の梅雨明け、そろそろでしょうか?

 

関東の今年の梅雨は長いですね。

でも、梅雨らしいシトシトと雨が降る事は、あまり無かったように感じます。

さて、今日はメンテナンスの話です。

 

いよいよ本格的な夏を迎え、デッキの使用率もあがる季節がやってきます。

その前に、デッキのスノコの表面がヌルヌルと ぬめりがありませんか?ビーチサンダルなどで歩くと滑って危険です。また、表面のヌメリは、米杉材の皮膚呼吸を妨げる原因にもなります。お休みの1日を使って、デッキブラシや、高圧洗浄機で表面を洗浄をしてください。

 

また、台風シーズンにもなりますから、

隙間にゴミなどが詰まっていませんか?

雨水の排水口にゴミが溜まっていませんか?

フェンスのグラつきなど、チェックをしましょう。外部スチール手摺は、錆びていませんか?僅かな錆びでしたら、自分で錆び止め塗料などで補修ができます。

 

快適なアウトドアリビング時間を、過ごしてください。

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2016.07.22
ライフスタイル

終焉の家

技拓社長の知合いからの紹介で

「鎌倉で建てるなら、技拓に行ってみて」と、去年の3月のオープンハウスにお越しくださいました。

実際の生活空間を体感して頂きながら、「技拓」としての家造りの考え方をお話しし、又、なぜこの家がこうなったかのストーリー…などお話しをさせていただきました。 家づくりは、立地、家族構成、オーナーの思いで一つ一つ違うものです。技拓は、家の空間が主張するのではなく、お客様の生活に添えるような…料理で言えば器の主張が無く、本来の料理が引き立つような器…家造りを目指しています。お引越し前の家は、あまりにも小ざっぱりとしていますが、その後、生活が始まるとお客様の色に染まっていきます。また若い世代に、オーナーのバトンが渡されても、古びていない、自然と生活が始まれるそんな家であってほしいと思っております。

こちらのお客様、お子様達は、すでに皆さん独立されていて、建てる家は、夫婦二人の終焉の場所。後にやってくる定年後の生活をより充実した楽しい家としたい、ということが伝わってきた家造りでした。ご主人の休みの日は、今夢中の大型バイクです。地下には、ご主人の「楽しい!」が盛りだくさん。3年、5年、10年後が楽しみな空間。どう変化していくのでしょう?構想はあるようです。でも今は「内緒」なんだそうです(笑)

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1、2階は、主たる生活の場所。決して大きくない間取りです。地下を除いて28.8坪です。
が、1階リビング天井が高くあるから、狭さを感じないのだと思います。小さな間取りだからこそ、縦空間を取る事で開放的になります。「この吹き抜けは贅沢よね。本来なら部屋にしたいって思うものね。でもこの高さがあるから、気持ちが良いのよね」と…

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ハワイ好きのお二人は、此処かしこに今までの思い出や、奥様の手作りハワイアンキルトが飾られています。お休みの時、リビングで音楽を楽しまれているようです。そして、冷え症のご主人は、今まで夏でも靴下、スリッパを履いていたそうですが、この家に住むようになってから、裸足生活になっているそうです。「肌触りが気持ちいいんだよね」と話してくださいます。
電気設備で快適にするのではなく、「何もしなくても快適。電気設備は最小限に」を技拓は、理想として今も追及しています。

生活にONとOFFをしっかりと実行されているお客様。初めて迎える夏時間。お子様家族が賑やかに湘南時間を楽しまれることでしょう。 建築期間も楽しい時間でした。これからもよろしくお願いいたします。

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